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町の歴史

[2016年5月6日]

ID:3837

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川西町は、「島の山古墳」や「筋違道」などの文化遺産を有することから、古墳時代にはすでに豪族の存在があったことが推察されます。中世には集落が形成されるようになり、現在の字名が使われ始めました。時代の推移ともに統治者も変わり、幕末には郡山藩の支配下に置かれ、明治22年に結崎・下永・吐田・唐院・梅戸・保田の六ヶ村が合併して川西村が誕生。昭和50年4月に町制が施行されて川西町がスタートしました。


慶長20年 川西町域の村々が郡山藩領になる

明治22年 6つの村が合併して川西村になる

昭和41年 唐院工業団地が建設

昭和48年 結崎工業団地が建設

昭和49年 広域消防組合が発足

昭和50年 町制が施行

昭和58年 中央体育館が完成

昭和59年 わかくさ国体が開催され、なぎなた競技会場となる

昭和62年 現町庁舎と文化会館が完成

平成  7年 町民憲章・町花・町木の制定

平成  8年 川西文化会館が完成

平成21年 結崎小学校と唐院小学校が統合し、川西小学校になる